酪酸菌の具体的な効果
酪酸がインフルエンザの症状を抑える
免疫力の低下により起こる感染症は、新型コロナウィルスだけではありません。毎年多くの感染者を出し、急激な発熱や悪寒、筋肉痛、のどの痛みなどを引き起こす「インフルエンザウィルス」にも注意が必要です。インフルエンザは、重症化すると肺炎や脳炎を発症したり、死亡したりすることもある厄介な感染症です。
国内の例年のインフルエンザ感染者数は、推定約1000万人いるといわれています。死因別死亡者数は年間200~1800人、またインフルエンザが流行したことによって生じた直接的および間接的な死亡を推計する超過死亡概念というものがあり、その推計により年間死亡者数は約1万人とされています。
海外の研究では、酪酸がインフルエンザの症状を軽減する可能性があると報告しています。インフルエンザの感染前から感染しているあいだにかけて、マウスに酪酸を与えました。結果、インフルエンザウイルスに特異的に働く「CD8陽性T細胞」や、炎症を落ち着かせる「M2マクロファージ」という免疫細胞が増加することで、インフルエンザ感染症を抑えることが判明しました。
また日本の研究でも、インフルエンザにおいて酪酸が有効だという報告があります。マメ科の植物「グァー豆」からでき、水溶性植物繊維として排便改善作用に注目されている「グアーガム加水分解物(PHGG)」を使って、インフルエンザウィルスで検証したところ、効果が認められました。PHGGは、探査脂肪酸のなかでも特に酪酸を多く産生することから、排便以外の抗炎症作用や予防効果が期待されています。
point
- インフルエンザ感染症でも酪酸に注目
- マウスに酪酸を与えると、感染を抑えることが判明
- 酪酸を多く産生するマメ科の植物「グァー豆」のPHGGに期待
酪酸は大腸がんの発生を抑える
免疫の低下を招く代表的な疾患には「がん」があります。酪酸はがんのなかでもっとも患者数が多い「大腸がん」の発生を抑えるという報告があります。
酪酸を作り出す酪酸菌で有名な菌として「クロストリジウム・ブチリカム」があります。この菌は、千葉医科大学(現・千葉大学医学部)の宮入近治博士が日本人の腸内フローラから発見し、分離した菌になり、すでに医薬品として医療現場で処方されています。
大腸がんができやすいマウス(APC遺伝子ノックアウトマウス)がいて、このマウスに高脂肪の餌を与えると、さらに大腸がんが発生しやすくなります。けれど、このマウスに酪酸菌であるクロストリジウム・ブチリカムを与えると、大腸がんができづらくなるのです。つまり、酪酸菌は大腸がんの発生を抑える効果が期待できるのです。
また、運動によって筋肉から分泌される「スパーク(SPARC)」というホルモンは、血液の流れにのって大腸に対し、大腸がんを予防することが、英国の一流紙「GUT」に報告されています。
筋肉は、ただ体を動かすためのものだけではなく、たくさんのホルモンを分泌しています。ホルモンを分泌する臓器を「内分泌器官」といいますが、筋肉も内分泌器官なのです。
一般的に内分泌器官と呼ばれる臓器には次のようなものがあります。
〇 成長ホルモンを出す~脳下垂体
〇 血糖値を下げるインスリンや血糖値を上げるグルカゴンを出す~すい臓
〇 甲状腺ホルモン(サイロキシン)を出す~甲状腺
〇 男性ホルモン、テステステロんを出す~精巣
〇 女性ホルモン、エストロゲンやプロゲステロンを出す~卵巣
〇 副腎皮質ホルモン(コルチゾール)を出す~副腎
筋肉もこれらの臓器と同じようにホルモンを分泌して、全身に大きな影響を与える器官であることがわかってきました。
さまざまな研究から「大腸がんのリスクは運動不足である」「6時間以上座っている人はがんになりやすい」といわれてきました。大腸癌の10%、乳がんの10%は「不活動」が原因だと一流誌「ランセット」も報告しています。
不活動ががんの原因になる理由のひとつが、運動することで筋肉から分泌される抗がん作用のあるスパークが出づらくなってしまうことです。さらに筋肉から出たスパークは、大腸に聞いているだけではなく、筋肉そのものの代謝に作用し、血糖を下げる作用があることまでわかっています。筋肉から出たスパークは筋肉そのものにフィードバックして、糖尿病も改善させていたのです。
point
- 「がん」は免疫力の低下が招く疾患
- 酪酸菌「クロストリジウム・ブチリカム」に大腸がんの発生を抑える効果がある?
- 筋肉から分泌されるホルモンが、大腸がんを予防
酪酸の量が多い人は、抗がん剤の効き目が良い
抗がん剤のなかに「免疫チェックポイント阻害剤」という薬があります。この抗がん剤の効果があった患者さんを調べると、便中の酪酸の濃度が高かったのです。肺がん患者(非小細胞がん)で抗がん剤治療をしている人が、酪酸菌である「クロストリジウム・ブチリカム」を内服すると抗がん剤の効果が高まり、全生存率が上がることも報告されています。
このようなデータを見ると、がんの治療をしている患者さん、また健康な方も、日頃から酪酸を増やす食物繊維の豊富な食事を心がけることが非常に重要なことだと考えられます。
また、実は筋肉と抗がん剤の間には深い関係があります。筋肉が減少すると、抗がん剤の効果が低くなることが報告されているのです。つまり、がんにかかったときに「サルコペニア(筋肉減少症)があると、せっかく使った抗がん剤が効きにくくなってしまいます。このような傾向は「大腸がん」「胃がん」「肺がん」「食道がん」「肝細胞がん」「すい臓がん」などで見られます。
がんになり手術を受けたとき、筋肉量が多い人は少ない人にくらべて術後の経過が良く、早く回復して長生きしやすいと言われています。抗がん剤(化学療法)や放射線療法の治療を受けても、筋肉量が多い人の方が少ない人にくらべて効果が出やすいのです。
このような結果から、東京大学の外科をはじめ多くの医療機関では、がんの手術前に患者さんに筋トレをさせたり、栄養士による筋肉を増やす栄養指導を品パにに行ったりしています。そして、それによってがんの術後成績が向上したことを報告しています。そして、酪酸は筋肉を増やします。つまり筋肉をつくる酪酸はがん治療に一役買っているのです。
日本女性のがん死亡数が高いのが大腸がんです。しかも、死亡のりすくはアジアトップと言われています。その原因ひとつは運動不足です。運動をすると筋肉からスパークというホルモンが出て、大腸がんのリスクを減少させます。
スパーク以外でも、筋肉からは「天然の抗がん剤」といもいえる抗がん物質が出ています。筋肉から出る「イリシン」には強力な抗がん作用があり、乳がん、すい臓がん、肺がん、前立腺がんなどの増殖を抑えます。また筋肉から出る「インターロキシン6(ILー6)」は、NK(ナチュラルキラー)細胞を活性化し、がんを攻撃する力を高めます。
筋肉を保ち、サルコペニアにならないようにすることは、運動機能を維持するだけでなく、がんを予防し、たとえがんになってもその治療効果を良好に保つことにつながるのです。それには運動とともに酪酸を増やす生活を心がけることが必要になります。
日本のノーベル賞受賞者である京都大学特別教授・本庶佑博士が発見した重要な事実があります。それは、癌細胞のなかに含まれる悪玉細胞が、がん細胞を攻撃する免疫力を下げてしまうことでした。がん細胞ができると、がんは骨髄から免疫抑制細胞という細胞をがんのできている場所に引きつけてきます。この免疫抑制細胞が、抗がん剤の効果を台無しにしてしまうのです。本庶佑博士は、その事実を発見し、これが新しい抗がん剤(オプジーボ)の開発につながったのです。
がんは免疫力を抑え込み、うまく体内で増殖しています。けれど酪酸はこのがん細胞を引き込んでくる悪玉細胞を抑えることがわかりました。「乳がん」を移植したマウスの骨髄のなかで増えるこの悪玉細胞(骨髄由来免疫抑制細胞)は、酪酸を投与することで消えました。つまりがんが持っている免疫かく乱作用を酪酸が解消してくれ、抗がん剤(免疫療法)の効果を上げてくれるのです。
point
- 抗がん剤の効果を高め、全生存率を上げる酪酸
- がんになったら筋トレをしろ!
- 酪酸を増やす食生活で、がんになっても長生きする
免疫の過剰反応が招く病気にも酪酸が効く
アレルギーと聞くと、真っ先に思い浮かべるのが「花粉症」がありますが、花粉によるアレルギー性鼻炎は、毎年、特に春になると発症し、ひどい鼻水や鼻づまり、くしゃみに悩まされたり、苦しんだりする人が多く、国民病とも言われています。これは免疫の反応が過剰になることで起こるアレルギー症状のひとつです。
そもそもアレルギーとは、花粉やほこり、食物や薬剤など、通常なら体に大きな害を与えることがない物質に対して、過剰な免疫反応が引き金で起こされることです。現在、日本人の約半分がなんらかのアレルギーを持つとされ、さらに年々増加傾向にあります。
酪酸には、そんなアレルギーが引き起こす症状も改善させる可能性があります。まだマウスので遺伝子解析の段階ではありますが、人間でも同様の可能性があることは十分考えられると言われています。
難治性副鼻腔炎のひとつに「好酸球性副鼻腔炎」があります。治療としてステロイド剤の投与や手術がありますが、再発を繰り返すことが多いのが特徴です。そんな好酸球性副鼻腔炎にも、酪酸が効果がある可能性が報告されています。
好酸球性副鼻腔炎の患者さんから得た鼻ポリープに短鎖脂肪酸の酢酸、プロピオン酸、酪酸を投与したところ、酪酸が有意に炎症を抑制しました。また、分泌が過剰になると次々と炎症反応を起こす炎症性サイトカインでも、酪酸を投与するとサイトカインを抑制できる可能性が明らかになりました。
point
- アレルギーや自己免疫疾患にも、酪酸が役立つ可能性がある
- 花粉症にも明るい兆し
- 難治性副鼻腔炎にも効果あり
筋肉から分泌される物質ががんを抑え込む
スパーク以外にも筋肉はさまざまな抗がん物質を出していることがわかってきました。血液中には、生きた細胞から分泌されている「遊離核酸(マイクロRNA)」という物質が循環しています。このマイクロRNAのなかには、癌細胞を抑え込む作用を持つものがあります。これを「がん抑制型マイクロRNA」と呼びます。
がん抑制型マクロRNAとは、癌細胞が発生したときに、癌細胞の周囲の正常組織から分泌され、がんを抑制する効果を持つ物質です。このがん抑制型マイクロRNAがうまく分泌されず、枯渇したときに、がんは一気に信仰していきます。
実際にがん患者では、病気の進行とともに血液中のがん抑制型マイクロRNAは下がってきてしまうことがわかっています、
このがん抑制型マイクロRNAで報告されているものには、食道がんでは「miR-655(ミア)」すい臓がんでは「miR-107」がありますが、これらは病気の進行により、それぞれ低下しています。これらのマイクロRNAのなかで、筋肉から分泌されるものがあります。それが「筋由来がん抑制型マイクロRNA」です。こ
のなかで「miR-133b」というマイクロRNAに注目してみると、胃がんおよび大腸がんの患者さんで、筋肉量が少ないサルコペニア群では予後が不良であることがわかっていました。そして、miR-133bの血中濃度が低い胃がん、大腸癌の患者さんでは、がんのリンパ節移転が多いこと、また予後が悪いことがわかっています。そして、胃がん細胞を人の正常筋骨格細胞と共溶媒すると、がん細胞の増殖が抑えられることがわかりました。
正常な骨格筋細胞からmiR-133bが体液中へと分泌され、それが癌細胞に取り込まれて抗がん効果をもたらしているのです。
実際に運動することでmiR-133bは血液中で増え、がん細胞の増殖効果が下がることがわかっています。1週間程度の運動習慣でmiR-133bが増えることもわかっているので、がん予防のためだけでなく、がんになった患者さんでも運動すると良いことがわかります。
point
- サルコペニア軍のがん患者は予後が悪い
- 1時間運動することで、癌細胞の増殖を抑える
- がんにならないためにも、治すためにも筋肉をつける
酪酸が糖尿病の発病を抑制する
免疫システムに異常が起こると、自分自身の正常な細胞や組織に対してまで過剰に反応し、攻撃してしまうことがあります。こうして起る疾患が「自己免疫疾患」「1型糖尿病」や「関節リュウマチ」「潰瘍性大腸炎」などが挙げられます。
こうした自己免疫疾患の患者さんでは、健康な人にくらべて酪酸を作り出す酪酸菌の量が減少していることが報告されています。
そもそも糖尿病は、血液中のブドウ糖(血糖)が増え続ける病気です。通常、糖質は分解されてブドウ糖に変わり、血液中のブドウ糖が増え、血糖値が上がります。すると、すい臓がインスリンを分泌し、ブドウ糖を肝臓や筋肉、脳に取り込み、血糖値が下がります。しかし、インスリンが十分に分泌されなかったり、効きが悪かったりすると血糖値は上ってしまうのです。
糖尿病には、自己免疫疾患のひとつでインスリンを出す細胞が壊される「1型糖尿病」と、遺伝的な影響に肥満やストレスなどの生活習慣がかかわって発病する「2型糖尿病」があります。
自己免疫性糖尿病モデル動物(NPDマウス)という、糖尿病モデルマウスを使った研究報告があります。糖尿病はマウスは、生後20週、30週と年をとってくると、自然に1型糖尿病を発病します。しかし、この糖尿病発症マウスに「クロストリジウム。プチリカム」という酪酸菌を飲ませると、年齢を重ねても糖尿病にならなくなるのです。
つまり、酪酸菌が腸内フローラの乱れ(ディスバイオーシス)を改善し、糖尿病を予防するのではないかと考えられています。すなわち酪酸菌は1型糖尿病の発病を抑えるということなのです。
point
- 自己免疫疾患の人は酪酸が減少
- 1型糖尿病は、インスリンを出す細胞が壊される自己免疫疾患
- 酪酸菌で1型糖尿病の発祥を抑える研究が進んでいる