赤ちゃん補助具は必要なのか?

掲載を長らくストップしていたことに猛反省しております。

しかしながら言い訳も同時に思いついてしまう。。。ダメダメですね。
感謝と反省を込めて、また掲載していきますので宜しくお願い致します。

久しぶりの日本長期滞在で息子と母と過ごして、また園長をやっている同期からの話や育児中ママ達を見て感じたことなど報告したいと思います。

 

息子との時間編

 

※ 写真はイメージです。

 

今回約3年振りに日本へ一時帰国予定は2ヶ月間だったのが、4ヶ月間になってしまいました。

 

タイ戻る4日前に元気すぎる母が急に倒れてしまい、

手術→せん妄状態(記憶障害+車椅子状態)→自宅にて看病→日常生活をまぁできるくらいに回復→タイ戻り

という流れでした。

しかし今回の帰国のメインは3年振りの息子との再会と大学卒業式出席+就職見届けること
長い長い学費投資の終了です。

 

我が子が社会に出る?!

そんな時来るんですね・・・・・
今回社会へ出る息子との時間の目的は何で、何をするのかを考えました。
(今までも、たまにしか会えないし時間も限られているので会う前は何を伝えるのかなど事前に考案してました)
目的

① 社会へ出る人としての確認
② やったことの無い体験をする
③ 今までの振り返りと今の自分の確認
この目的を達成する為にどのような行動をするのか

①達成する為に=色々な所へ一緒に出掛ける・色々な料理を食べる
=社会人になる為の心得10か条色紙を渡す

②達成する為に=北海道富良野で気球に乗る・犬ぞりをする
    =旭山動物園へ行く・掛川花鳥園へいく
    =寝台列車に乗る

③達成する為に=幼少期のビデオをみる
    =お世話になった方々にお会いして挨拶まわりをする  
    =一緒に暮らしていた時によく食べた手料理を食べさせる

上記は全て達成できました。どれも楽しく幸せな時間でした。

上記以外にもコンサート(玉置浩二・ジブリクラシック・ミスチル)にも行きました。

やりたいと思ったことは後回しにしない・・・
何が急に起こるのかわからないということを今回のコロナで痛いほど学びましたし。

お世話になった保育園や塾へ挨拶へ行ったときも、成長を実際に見てもらえ喜んでもらえて、まさかこんなに立派に健康になるなんてと言ってもらえ皆さんの支えがあったからこそだと挨拶できたことは感慨深いものでした。
気球や犬ぞり・動物園など、この歳で親子なんて嫌だよね。

見ている人もキモイと思うかもよと息子に言ったら、

「そんなことないよ。 

どう思われてもいいじゃん、自分たちがやりたいことなんだから?」

という返答に、

ありがとね。

と返しておきました。

 

気球も犬ぞりもオススメです

(レジャーガイド遊び屋オフィス)

大人も子どもも本気で遊べます。
寝台列車は日本ではもう少なくなっています。

そりゃそうですよね、飛行機・新幹線があるので10時間とかかけての電車は無くなってしまいますよね。
寝台列車も進化していて部屋はホテルみたいでした。

ゆっくりなスピードなので景色を見ながら駅弁やつまみを食べビールを飲みながら語らい、寝るときは、きれいな星空を眺められ銀河鉄道の夜の世界でした。

 

寝台列車(サンライズ瀬戸・出雲)

久しぶりに日本自宅で三食つくり、一緒に食べたり栄養についての情報交換をしたり、呑みながら沢山語り合えたことは何者にも変えられない時間でした。

あぁ。。このために仕事や家事を頑張ってきたんだという想いと同時にお母さんってこんなに忙しかったなと懐かしくなりました。

こんな時間を愛おしく幸せに感じれるのも、離れていたからこそですし離れていても自己管理をしっかりやり、健康や自炊にも気をつけてやってきてくれた息子がいたからだと思いました。

 

まぁそうなるように育ててきた・・・と言いたい。

 

持病を持って産まれ、死に掛けた我が子を育てるテーマは 『 命の存続 』で今日を今を精一杯生きて後悔しない今日を ? 生きている間に沢山の経験をさせたい?

生きているって素晴らしいと感じてもらいたい。

そして世界は広く、美しく、不思議と謎だらけで楽しい? ことを伝えられるような子育てをしてきた集大成の確認ができました。

 

自宅で息子の生活を静かに観察してみました。

 

朝起きてまずは散歩へいき体重測って、ポストから持ってきた新聞読み、朝ごはんを食べ研修を受け、終わったらジムへいって、帰ってきたら夕飯食べてお風呂入って夜12:00前には就寝してました。

もちろん飲み会などに行って帰りが朝方とかもありますし、友人と魚釣りに行き、それをさばいて食べていたりもしていました。

なんだかおじいちゃんみたいですよね。

 

でも ①頭 ②心 ③体 の成長になるような生活がバランスよくできているんですよね。

これは育児中に意識してきたバランスです。

 

頭=学習・情報
心= 5感を使い感じること・音楽や創作・生き物の世話
体 =運動・実体験 (本物)

 

私の目的③をなんと息子も考えていたことにも驚き、大人になったと感じました。

 

息子から大学生活でお世話になった方々に挨拶へいくからタイから何かお土産お願いと言われ、準備して持って行き、一緒に挨拶へまわりました。

大学の先生方や事務所の方や通っていたBar、また友人たちなど沢山の方に。

親が近くにいないのであれば、沢山の方に支えてもらうしかないですもんね、素晴らしいことです。

 

あぁこれなら大海原の社会に出ても生き抜いていけるなと確認でき、ちょっとやそっとのことで体や心が悪くなるなんてことは無いと思いました。

互いに人生の節目に到達できた喜びと感謝があったから、できたんだと思います。
説明などあまり必要なくて、何かを感じてくれれば良いことを息子もわかっていたと思います。

頭でわかる前に心で感じることが大切ですから。

 

産まれた瞬間のビデオを発見し(あったことすら忘れてた?)
二人で黙ってみて見ていたら、なんと産声が入っていたんです。

産声が聞こえ、看護士さんに抱かれてきた産まれたてホヤホヤの自分を黙って見ていたのも印象的でした。
親族などの会話も入っていて、どれだけ自分が沢山の愛に囲まれて産まれてきたのか感じてくれたことでしょう。
幼い時の自分をみて「かわえぇー、マジかわいすぎる」と言っていたのも笑えました。
あぁなんてこの人は幸福感・自己肯定感が高いんだろうと・・・

 

息子に対して、もう何もやり残した事が無いです。
達成感しか無いです。

マラソンはしないけど、持てる力を出し切って走りきって両手を挙げてゴールしたイメージ

そりゃ全く後悔が無いかといったら嘘になるかもしれませんが、それを入れてもです。

こんな大満足な達成感を得られたことは主人を初め、温かく関わり助けてくれた方々に感謝しかありません。

 

さて子育て完全終了・人生折り返し点 これからどう生きていくのか何を目的とするのか?

テーマは決まっているのでそれを形=行動していかないといけない。
でもちょっとゆっくりしながらやっていこう。。。

 

母との時間編

 

※ 写真はイメージです

 

今回約3年振りに日本へ一時帰国予定は2ヶ月間だったのが、4ヶ月間になってしまいました。

2ヶ月間長くなってしまった理由はタイ戻る4日前に元気すぎる79歳母が急に倒れてしまい
手術→せん妄状態(記憶障害+車椅子状態)→自宅にて看病→日常生活をまぁできるくらいに回復→タイ戻り
という流れがあったからです。

 

倒れる1週間前に我が家へきて息子の就職祝いをし、ワイワイと食事やおしゃべりで楽しんでいたので、急に倒れ今 ICUにいて危険な状態だと聞かされた時は信じられませんでした。

何でも小腸に穴が開き、そこから菌が体全体へ回ってしまい腹膜炎を起こした。のです。

 

危険な状態ですから親族は、ICUに来てくださいとのことで行ってみたら、数日前の母とは別人になっていました。目は開いているものの誰が誰だかわからず、ひどい言葉を発していました。

母の人格ではなく、何もわからない状態で担当医師からは一時的な『せん妄』状態になっているとのことでした。

※ 術後せん妄=手術をきっかけにしておこる精神障害で、急激に錯乱、幻覚、妄想状態をおこす。高齢の方に起こりやすく、術後の回復期に起こる

 

心臓も悪かったので、いつどうなるかわからないと言われ
こんな日が急に、またタイへ戻る4日前に起こるとはなんとも不思議な感覚でした。

 

でも不思議と ICUでせん妄状態の管だらけ、口挿管の母を見ても死なないかもって直感的感じたんです。
父や兄弟はもうダメだと思っていたようでしたが、、、

たぶん今まで息子や主人の死にそうな場面を経験した感覚かもしれません。

 

 

傷口・炎症数値も落ち着いてきて一般病棟へ戻ってもせん妄はひどく、車椅子で自立排泄ができず食欲も無い状態で、記憶障害もひどいものでした。

このまま認知症になるかもしれないとも言われ、病院のケースワーカーへ相談して区役所にて要介護申請をしたり、高額医療申請など済ませました。
でもほんの少しずつ、記憶が戻ってきている傾向が見られてきたので、知り合いの方からの助言で病院よりも自宅で普通の生活をさせる方が回復すると聞いて準備を進めました。

 

両親は弟夫婦家族と同居してましたが共働きなのと三階建てということで
都合のいい一時帰国中の私があずかることにしました。

認知症のような母のリハビリお世話を始める前に、少しワクワクしている自分がいて
どんなことが起きるんだろう。 どのように回復していくんだろうと・・・

 

これは神様がくれた母との時間プレゼントに違いない?!!

と勝手な想像をして(おまけに息子とも長くいれるし)

 

リハビリは何をするのか=赤ちゃんの生活をさせる!!

と決めていました。

 

歩行障害・食欲障害・排泄障害であれば、赤ちゃんと一緒じゃんと思ったからです。

 

規則正しい生活リズム
質の良い、美味しいい食事(特に新鮮なホールフード・腸内細菌に良いものを意識)
日光浴
沐浴ならぬ足湯
オイルマッサージ (手や足)
楽しいことをして沢山笑う・歌をうたう
散歩
お手伝いしてもらい、ほめたり感謝する(特に指先を使うようなこと)

これらをやっていくと、毎日毎日少しづつ肉体的部分は回復していきました。

 

自立歩行・排泄ができるようになってくると、記憶の障害も戻ってきました。
食欲がでてくれば、もう勝ったと同然です、色々なことに意欲が出てくるからです。

 

退院したばかりの時はお風呂に浸かれなかったし、シャワーも嫌がっていたので無理にさせず
足湯をして、下や体を拭いてオイルマッサージをしました。

 

せん妄から管を引っこ抜いたりしていたので、手や腕はアザだらけで、食べていなかったので骨は浮き上がっていました。

マッサージしながら、痛かったね、つらかったね、よくがんばったね。と伝えながら母は下を拭いてもらったり、汚れたオムツ交換など恥ずかしい、申し訳ないと言っておりその気持ちが痛いほど伝わってきました。

なのでオムツとかもらう時は「はいっパス!!」とか、大き目のナプキン交換の時は「久しぶりに生理になったみたいじゃん」など言って、二人でゲラゲラ笑っていました。

 

それでも食欲がなかなか戻ってこなくてどうしようかなと思っていましたが、

 

本当はダメだけど、好きなものを食べさせようと大好物のアイスを食べたり

短い散歩先でラーメンが食べたいというので食べてみたり (でも少ししか食べれない)

食事のときに音楽 (美空ひばりや懐かしい曲やよく歌っていた曲)をかけて歌いながら食べてみたり

 

していたら、

 

少しづつ、今日はこれが食べたいとか、

自分が作っていた料理など教えてくれたり

皮むきなど手伝ってもらったり

 

して、食欲が戻ってきました。

 

そしたら、歩行もしっかりしてきてお風呂も自分から入りたいと言いはじめ
ゆっくりですが、トイレも自分で行けるようになってきました。

化粧水などもつけると言うようになってきました。

 

すると記憶の方も戻ってくるんですよね。

 

入院費のことや貯金のことなど、まだ曖昧なところがあるのでわかりやすいように一覧表をつくってあげて、通帳・保険をまとめたり
またなにか起こっても誰が見てもわかるようにしました。

 

そして自宅へ帰りたいと言う様になりました=良くなった証拠です。

腕のアザも消え、体重も増えて肌ツヤも出てきて発声も力強くなり、自立歩行・排泄・入浴ができればもう安心です。

人間はやはり 『 体 → 心 → 頭 』 の順番で形成されていくんだと、母の看病からも確認できました。

 

赤ちゃんだけではなく、大人もそうなんだということが確信されたことは、今回の看病から得た大きな学習でした。

神様がくれた母との時間は終了となりました。

先にタイへ戻っていた主人から「後悔しないように精一杯看病してこい?」と言ってくれていたことに感謝です。
看病途中に何度か回復しないかもと心配になった時も勇気付けてくれて。

 

 

もう母に対して思い残すことは無いですし、彼女もそう思っていると思います。

そして彼女にも何度も伝えましたが 「倒れてくれてありがとう。」

 

この看病しているところを息子が見たり手伝ってもらったことも良い経験だったことは言うまでもありません。

ふと気づいたのですが、息子・夫・母が死にそうになった経験をしてるって
なかなかレアなんじゃないかと・・・

よほど前世が悪人だったとかあるんですかね?
あるあるかも・・・

 

 

それよりも今、いま、イマをどう生きるかが重要だ。

疲れた時は体を休め、美味しく新鮮なものを食べ、体力戻ったら運動して仲間と語らい回復。

そして興味があることを学んでいく・・・

 

健康とか、成長するってシンプルなんだ
でも生活に追われているとついついこんなシンプルなことを忘れてしまったり怠ってしまう。

健康で成長し続け楽しんでいる姿を、子ども達・次世代に見せていける老人になりたいものだ。

 

赤ちゃん補助具は必要なのか

 

今回帰国中に、知り合いの方が子どもに使用していたり、街中で見かけたりした数々の赤ちゃん補助具には驚きました。
中には流行っているものもあり、赤ちゃんがいる多くの家庭にあるものも・・・
保育園園長や主任をやっている友人に話を聞くと、育児環境が心配だと嘆いてました。

 

その証拠に

赤ちゃんは体が硬く緊張化が高い=抱きにくい子が多い
手先が不器用な子が多い
外遊びでよく転ぶ子が多い
感情が乏しく、あまり泣かない=サイレントベビーが多い

だそうです。

 

この状態は赤ちゃんの質・能力が低下していると言えますね。

ではなぜそのようなことになってしまっているのでしょうか・・・

原因の1つとして 「補助具」 ではないかと思っています
(あとはスマホ)

 

赤ちゃん補助具は全て、海外開発・海外企業のもと知っていましたか?

エルゴベビー・ベビーキャリアは2003年にハワイの企業

バウンサーや抱っこ紐は、ベビービョルン社=スウェーデン企業

エジソン箸 は韓国企業

ストライダーは2007年にアメリカで生まれた乗り物

ドイディーカップ トレーニングマグ Doidy Cup はイギリス企業

Bumbo ベビーチェアーは、南アフリカ共和国企業

日本企業の発想が無いのではなく、危険なもの・悪くするものは必要が無いと文化・歴史から判断しているのではないでしょうか。

 

昔から日本の子育てと海外の子育ては全くと言っていいほど違います。

 

例えば寝かしつけ方法・・・これはみなさんもご存知だと思います。

日本の場合多くは川の字で寝たり同室で寝るのに対し、アメリカ・ヨーロッパは別室で寝ることが多い

 

分娩も多くは普通分娩ですが海外では無痛分娩や帝王切開が多い
お弁当箱の手作り弁当こ・・・れも日本だけの文化ですね

 

保育士資格(0-5歳児専門)がある国は日本だけかもしれません。

海外と比べてみると、日本の子育ては手間隙かけ実に丁寧に育てるのです。

 

そのせいで、日本のママ達は世界で一番忙しく睡眠時間が少ないのでしょう

(これを手助けする国の政策が欲しい?=例えば子ども1人につき1000万円支給とか)

 

これらの赤ちゃん補助具、何故購入してしまうのでしょうか?

赤ちゃんが泣くから
教えなくてもいいから
こぼさないから
怪我をしないように

など 子どものための理由・・・という声がありますが果たしてそうでしょうか。

 

よく考えてみると大人の事情であり大人側の要望のように思えます。

 

長年子ども達を見てきた私からは、子ども側からの要望は以下↓

・赤ちゃんが泣くとかわいそう→ いや泣かせてよ(まだ喋れないんで泣くことで発信してるんです)泣かせてくれないのは軽いパワハラなんですけど

・何度も教えなくてもいいから→ 直接何度も繰り返し教えて欲し訳よ

・こぼさないから→ こぼしながら練習するのが楽しいし、微妙なコントロールの訓練してるんで

・怪我をしないように→ 大きな怪我をしないように、赤ちゃんの時からか転んだりして練習したいで

・自分で座れなくて泣いている・動き回られると危険→自分で座れるようになりたいよーと泣いているだけなの、動き回って練習させて

・おんぶは格好が悪い →
昔ながらのおんぶ紐の方がママと進行方向が一緒で気持ちが良いし、景色も沢山見えて多くの情報が入ってくるから脳に良いんだよな
何より抱っこよりもおんぶの方が寄りかかることができて、めちゃくちゃリラックスできるんだよ

ではないかと思うのです。

 

これらが子ども側の主張であり自然な発達要求です。

自然な発達要求に応えてもらえないことが続けば、不自然になります=バランスが悪くなる

 

海外の人が安易に表面的に考える、大人が主役の補助器具の使用は、子どもとの触れ合い時間を減らし、心の豊かさも、体の自然な発達順番を狂わせ弱くなり、その結果 頭での思考能力・想像力・緻密さまで衰えさせてしまいまねません。

そりゃそうです、大人先行のものなのですから

 

世界一、大事に大事に手間隙掛けて触れ合い育ててきたからこそ
世界一、優秀な人が育ってきたのが日本人です。

これは海外に住んだことがある日本人なら誰もが感じていることでしょう。

 

 

CMでもやってるし、みんな使っているから~ とか安易に判断したり
一瞬だけ大人が楽になる道具を購入すれば、必要の無い時まで使用してしまい、延々と使用してしまうことも。

 

 

危険回避のため非常時道具として使用するならば大事な時もあります。

 

安易な補助道具の使用により、全ての基礎土台づくりの大事な乳幼児期の繊細な感覚を鈍らせ、繊細な筋肉の動きの学びを奪います。
危険回避能力=痛い・びっくりする・我慢・上手くいかない などマイナスなことが生じて、初めて本気で体と頭と心が反応するのです。

危険回避は命の存続であり、脳の一番奥土台となる=脳幹(反射脳)=生きていく為に必要な全身のコントロールする部分の発達に影響してきます。

 

脳の土台となる脳幹部をいかに強固で繊細なものにするかで、この先一生の運動・学習・情緒面を左右します。

そのことをよく知っている アップル iPhone開発者スティーブ・ジョブズが自分の子どもにはiPhoneを使わせない

マイクロソフトのビル・ゲイツも、子どもが14歳になるまでスマホを与えていない。

のは有名な話です。

 

いやいや、IT企業トップは子供にスマホを与えないだそうだ。
なぜなら、スマホ依存性ではヘロインに匹敵するからと。

 

乳幼児・子どもの脳の発達段階において、補助道具や機器の使用は子どもが必要無いとしているものであり、必要なのは原始的な関わりで

お散歩・語りかける・絵本読み聞かせ・触れ合い・食事や排泄、入浴などの生活をゆったりと気持ちよくすること

です。

 

しかしそれを知っているのは、知ろうとした親だけであって
使用有無の判断は子どもにはできないとう悲劇があるのです。

 

使用するもしないも親の判断に委ねられる訳だ。

 

子どもが成長した後、

ゲームばかりして困るとか

YouTubuばかりして勉強しない

夜遅くまでやっていて自分で起きることができず

どうしてそうなったのか → 子ども原因ではなく、親が選んだ結果

だということを肝に銘じておく必要がある。